免停の思い出
ゆかしゅうはこのたび人生 6 回目の免停となりました.
これを記念して過去の免停を振り返ってみることにしました.
かなりどうでもいい思い出です.
でも 5 回だと思ってたのに良く考えると 6 回だったのにはショック.
1 回目(1989 年夏)
高校 1 年の文化祭の打ち上げのとき,原付で
無免許・二人乗り・一時不停止・ノーヘルで現行犯逮捕される.
後ろに乗っていたのは同級生の中村庄吾さん.
高校 2 年で原付免許取得するも軽微な違反ですぐ長期免停になる.
家裁で母は何故か楽しそうにしていたのがいまだに謎.
2 回目(1990 年冬)
高校 2 年のころは原付が貴重な足で,とにかくよく乗り,とにかくよく捕まった.
処分暦がなかなか消えず,軽微な一時不停止ですぐにまた免停になる.
東神奈川にある楠原作業所で日雇いの仕事をした後,日雇いの稼ぎを
そのまま警察に持っていかれる.漆原進さんと一緒に捕まる.
そのとき好きで思いをなかなか伝えらなかった庄戸の女の子の家の前で語り合った後だった.
いい雰囲気が全部だいなし.今でもよく笑い話になる.
3 回目(1993 年夏)
250cc のバイク,GSXR250R を購入し,仙台から横浜に初めてバイクで帰省する.
常磐道は海が見えて最高だと東北大進学会の益子先輩におそわるが,実際には 8 時間のうち
海が見えるのは 20 分程度.しかも磐城でねずみとりに引っかかり,
34km/h オーバー.一発免停.新幹線にすればよかった....
4 回目(1995 年秋)
芋煮会のシーズン,東北大学の回りは飲酒対策で取締りが強化される.
そんな中湯川は卒論に追われ,日曜もバイクで研究室に向かうが何故か
スピード違反で赤切符を切られる.
30km/h ちょうどでどんなに頑張ってもまけてくれなかったのが腹立つ.
ドップラー効果について延々と山形弁のおやじに説明された.
5 回目(1997 年冬)
大学院 2 年で貧乏のため家賃が払えなくなり,松久文昭さんと同棲生活をする.
松久は大学を中退してホスト勤めをしており,荒みながらも楽しい毎日だった.
松久マンションは青葉通り沿いの都会で,湯川は立て続けに 3 回,駐車禁止で捕まる.
全てレッカーなのが金銭的につらかった.
6 回目(2000 年夏)
1999 年末の千葉北でのオービスによる処分が半年後にやっと有効になる.
T-ZONE 渋谷店での勤務も終わり,デートした女の子を成田に送った帰りで,
非常に気分の良い日だった.一人で運転しているのに笑顔で鼻歌なんか歌って
いる姿がばっちり写っていたのはさすがにちょっと恥ずかしかった.
レーダーも反応できない,地中埋め込みの新型オービスであり,
全く気づかず 150km/h で走っていた.
あんなボロイセリカでそんなスピードがでるのかいまだに疑問.
そんな訳なんで,交通ルールを正しく守り安全運転を常に心がけましょう.